年賀状作成が進化する昨今。宛名印刷だけは自分で書きたい!

昔は手書きで住所から相手の名前までを書いていました。
それに加えて、一人一人へ新年の挨拶ということで、何を書こうか?悩みながら年末を過ごした記憶があります。
また、ペンをしようしていたので、間違うものならば、その年賀状は破棄してしまうというプレッシャーもありました。
しかしながら、今はパソコンでデータを入力すると綺麗な字体で印刷をしてくれます。
難しい漢字も間違うことなく、事を成してくれます。
また、悩みに悩んだ新年の挨拶なども定型文が沢山準備されており、名前と同じように選択するだけで、きれいに処理してくれます。最近では、写真もお店で簡単に準備してくれます。

さて年賀状の今昔を簡単に紹介しましたが、10年も経っていません。
こんなにもツールやネット注文サイトが開発され、便利になるのかと驚いています。
安さも爆発的に進んでおり、年賀状印刷の安い比較ランキングを見てもサービス提供側の進化が簡単にわかりますよね。
スマホアプリからの注文も当たり前になってきており驚くばかりです。

そのなかで、年賀状を書くという作業にどれだけの気持ちを込めることができるか?などが失われている気がします。
機械的にこなしてしまうことで、本来の目的である旧年の感謝の挨拶、新年の挨拶などの気持ちが伝わっているのか?疑問を感じます。
やはり、ツールはあるものの気持ちを伝えるときは汚い字でも構いませんが、手書きで思いを伝える方が良いと最近感じています。
私も年賀状の印刷サイトは利用しますが、それでも宛名だけは自分で書こうとずっと心に決めていますから。

年賀状で友達の大切さを再認識させられた2浪の冬

大学受験に何度も失敗し2浪することになった私に成人式と同窓会の招待状が送られてきました。
成人式はもう行かないと最初から決めていましたが、同窓会だけはぎりぎりまで悩んでいました。

招待状の締め切り3日ほど前、ふらっと立ち寄ったカフェで同級生と再会しました。
彼とは中学時代とても仲が良かったのですが、大学に落ちた劣等感から、恥ずかしながら連絡をほとんど絶ってしまっていました。
彼と昔のことを懐かしみながら、話題は同窓会の話へ。
「お前が来たらみんなも喜ぶよ。1時間ぐらいでいいから一緒にみんなで話そうぜ。」

彼は本当に優しく、誘いも正直なところとてもうれしかったのですが、自分にも彼にもイライラして、「お前はうまくいってるからいいよなあ。」と嫌味なことを彼に言い立ち去ってしまいました。
とにかくその日は劣等感に押しつぶされそうになりました。
結局大みそかの同窓会には参加せず、家で勉強してました。

そして正月。誰にも出してないから0枚と思っていましたが年賀状が1枚届いていました。
彼が送ってきてくれたのです。
年賀状には明けましておめでとうだけでなく、私にあてたメッセージがずらずらと書いてありました。
あんなひどい八つ当たりをしたのに彼のやさしさに感動しました。
すぐに彼にはLINEを送り、会って謝りました。
この一件で友情を再び築くことができると確信できました。
友達は大切にしよう、と改めて思いました。

昨年作った喪中はがき、気が付いたこと

昨年は年末直前に不幸があり、残念ながら喪中ハガキとなってしまいました。
喪中ハガキは実際に作るとわかりますがかなり安いです。
1枚あたり70円もしません。

ですがその反面、おしゃれなデザインのものも増えていることに気がつくと思います。
色も鮮やかで故人を明るく思い出してもらおう、という良い意味でライトな現代人の感覚だと思います。
こういうのを見るとちょっとだけですが意識が変わるのではないでしょうか。
参照:喪中はがき印刷が安い、おしゃれ

みてください!
こんなモダンなデザインがあるなんて信じられますか!

喪中はがきは小学生の頃に友達から初めて送られてきました。
わたし的には、喪中はがきと言えば、誰か親戚が亡くなられたということなので白黒で送られてくることが多いイメージです。
しかし、まだこのときは小学生だったので友達も喪中はがきの意味をよく理解していなかったのかもしれません。

届いたはがきは、とてもカラフルに色付けされたはがきでした。
具体的には、白黒のはがきに、塗り絵のごとくペンで丁寧に塗られていました。
そのため、最初見たときは何のはがきなのかと思ったほどです。
これが、大人だったら許されることではありませんが、この当時は子供だったので許されたのかなとおもいます。
届いたとき、私の家族は、〇〇ちゃんから、何か手紙?はがき?届いているよというように、まさか喪中はがきだとは思いませんでした。
でも、喪中はがきは悲しいものですがこのように、明るくぬってあげたら、気持ちも明るくなるような気がしました。
確かはがきには、今年もよろしくねと、まるで、年賀はがきのようなことを書いていました。
そもそも、今年じゃなく来年になるんだけどな、と今思えば感じます。
しかし、自分の中ではこのはがきを含め小学生の頃のいい思い出になっています。

コイツただの年賀状コレクターだ!!

年賀状と聞いて思い出すのが、クラスの中心人物のような子から貰った年賀状のこと。
ただでさえ少ない年賀状の中に混じった、やたらと存在感のあるカラフルな年賀状…。
差出人はコミュ力の権化のような子。派手で顔もよく友達も多く、よく喋りよく動き回るようなパワフルな、クラスの中心人物のような子です。

【去年はお世話になりました!今年もよろしくね、今年もたくさん遊ぼうね!】フレンドリーな手書きの文字に少しうれしくなりました。
しかし、よくよく考えてみると、自分はその相手とまったく交流がありませんでした。

【去年はお世話になりました】→ いや、お世話してませんしお世話になってもいませんし…
【今年もよろしくね】→ そもそも去年がよろしくしてないのですが?
【今年もたくさん遊ぼうね!】→ 今年も? そもそも去年遊んだ記憶がないのですが!?

宛先こそ自分あてであるものの、この年賀状はおそらく何らかのミスで届いたものなのだろうと思いました。ちっとも明けましておめでたくありませんでした。
でも、貰ってしまったものは仕方ないので、追加で購入した年賀状を送り返しました。【今年もよろしくね】と書き添えて。

冬休み明け。登校した学校の教室。クラスメイト数人が、貰った年賀状を見せ合っている場面に遭遇しました。
その中には当然のようにその子も入っており…

「年賀状たくさん欲しいからとりあえず名簿の全員に出しといたわ!!!」

コイツただの年賀状コレクターだ!!
年賀状をたくさんもらうこと自体が目的で、相手が誰でも、たとえ仲が良くなかったとしてもどうでも良かったというわけです。

互いに書きあった社交辞令の【今年もよろしくね】 言葉空しく、その子との交流はその先も特にありませんでした。

小学3年から関係を繋いでくれていた年賀状に感謝!

私は小学3年生の頃に引っ越しました。
その時0歳からずっと一緒にいた幼馴染みがいました。
引っ越しをしても年賀状だけは取り合おうと約束をして、同じ県ですが少し遠い所に引っ越しました。
小学生の頃は毎年毎年年賀状を送っていたり泊まり行ったり来たりとしていました。

中学生に入り私は部活動し始めてお互い連絡を取れずにいましたが、年賀状は欠かさずに送っていました。
1年1に回年賀状で顔を見るので成長ぶりがすごく、中学3年間の間で、写真で3回しか顔を見る事ができませんでしたが元気にやっている姿が見えました。
高校生になると友達が今まで以上に増え、幼馴染みの友達が頭から離れたりしていました。
ですが年賀状はしっかり送って車の免許を取ったら遊びに行く約束もしました。

そして免許を取ってすぐに遊びに行きました。
写真とは違い大人っぽくなった幼馴染みは声も太くなり、たくさん話をして今でもよく遊んでいます。
年賀状がある事によって人との繋がりを切る事なく、また会えたりできるので良いと思ったのと、遠く離れても成長している姿も分かり大切だと感じました。
年に一回に送るものなのでしっかり思いを込めて送り、今まで貰った年賀状は今でも大切に保管しています。